よろずBook
□月と太陽は恋をする
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奏でられる旋律の中、きらびやかな衣装を身に纏い踊り子達は自らの踊りを観客に捧げる。十数人の踊り子達がくるりと回るとレースもふわりと宙を舞う。そんな一糸乱れぬ踊りの最中でも、一際輝きを放つ踊り子がいた。
太陽を思わせる黄金の瞳に、闇を切り取ったような黒い髪。その踊り子が中央で踊り始めると、誰しもが視線を釘付けにされる。激しさを増していく音楽に踊り子の舞いも美しさを増していき、美しいものなど見慣れているはずの王族や貴族でさえも魅了したその踊りは、音楽が終わると同時に起きた拍手の渦によって褒め称えられた。
その踊り子の名はゴールド。
「ゴールドお疲れ!最高だったぞ、お前の踊り。」
「あ、レッド先輩…、マジ緊張しましたよー…」
満面の笑みの少女と少し疲れの見えるゴールド。とある踊り子一座のNo.1とNo.2であるレッドとゴールド。先ほどゴールドが立った舞台、水の国の王子就任の儀にメインを踊るはずだったレッドが練習中に足を痛めてしまったため急遽ゴールドが踊ることとなったのだった。舞台上では美しい踊り子でも、舞台を降りれば年頃の少女である。何度経験しても王族や貴族の前で踊る事に慣れることは無い。
「正直観客見てる余裕無かったっス…」
「あはは、まぁ何年もやってりゃ慣れるさ」
ぽんぽんとゴールドの頭を撫でるレッド。ゴールドは「そうだといいんスけど…」と頬を掻いた。そんな中、舞台外がざわめく音が二人の耳に届いた。踊るための曲とはまた違う盛大な音楽が流れるのが聞こえる。
「王子様のお出ましだな…」
舞台袖から舞台と向かい合うように作られた大階段を覗き見しながらレッドがぽつりと呟いた。ゴールドもつられて覗くと大階段から一人の少年が降りてくるのが見えた。鮮やかすぎる赤髪に、剣のように鋭く、月を埋め込んだかのような銀色の目を持つその少年から、ゴールドは目が離せなかった。先ほど観客から向けられていた美しいものに対する羨望の眼差しを、今度は自らが少年に向けている。周りの友達が言うカッコいいだとか好みのタイプだとかそういう事ではなく心の底から綺麗だと、そう思った。その場にいる全ての人間達を見下ろせる踊り場に立った少年は、少しの間を持って口を開く。
「この度は、俺シルバーの王子就任の儀に集まってもらって感謝する。」
たった一言で、その場の空気は彼のものになる。よく通る声はざわめきを静め、興味を自らだけに向けさせる。先ほどまでの浮かれたパーティーとは一変した雰囲気にその様子をただレッドと見つめていたゴールドは普段レッドが踊っている時の感覚と似ている、と感じた。曲が流れ、踊り始めればそこがどこであろうとレッドの舞台となる。その場にいる全員がレッドの踊りを見つめ、感嘆するしかない。あのシルバーという王子にとって、観衆を魅了する事など容易いのだろう。
王の後継者に相応しいカリスマ性。絶対的な気品。
自分の全てが飲み込まれてしまうかのように錯覚しそうになり、ゴールドはふるふると首を振ってシルバーの次の言葉を待った。
「…俺はまだ未熟だが、それを言い訳に、この国を傾けるつもりは毛頭無い。受け継がれてきたこの血にかけて、俺はこの国を繁栄させる。この儀において、俺は国民への忠誠と国に俺の全てを捧げる事を誓おう。……以上だ。」
これを聞いたのがただの一般市民なら、歓声に包まれていただろう。そこは貴族ゆえか、止まない拍手が歓声に取って代わっていた。その後姿を消したシルバーが人前に立っていた時間はたった三分。ゴールドはレッドに声をかけられるまで、その場を動く事が出来なかった。
「凄かったな、さすが王子って感じ」
「そうすっね…あんなのが目の前にいたらオレ洗脳さるか緊張で何もできないかどっちかですよ」
「洗脳って…、そんなんで大丈夫かお前?」
相変わらず舞台裏で続けられる雑談。もう一度深いため息をつくゴールドにレッドは少し眉を潜めて言葉をかける。ゴールドは「何がですか?」と返しながらほどけていた衣装のリボンを結び直した。
「お前は、この後若と陛下の前で踊るんだ。お二方の前での失態は許されない。」
レッドの声で返ってくるはずの返事が見知らぬ男の声で返ってきて、ゴールドはハッと声のした方を見やる。そこには、シルバーとはまた違った鋭さを放つ緑の瞳の少年が立っていた。
「グリーン!お前、久々だと思ったらオレの後輩にプレッシャーかけんなよ」
「事実を話したまでだ。」
「あ、コイツはオレの幼馴染みのグリーン。王子の執事兼ボディーガードみたいな事をしてるんだ。んでオレの後輩のゴールド。ハッパかけなくても、ゴールドの力量はさっき見ただろ?」
レッドに紹介され慌ててグリーンに会釈するゴールド。グリーンも軽くそれに返してから、レッドに返事をする。ゴールドは内心レッドに王子の執事と幼馴染みなんて初耳なんですが、とかそもそも王子と王の前で踊るなんて聞いてないですよとツッコみたいのだが、グリーンの手前喉の奥にぐっと飲み込んだ。
「…レッドが言うなら信じるが、念の為だ。」
「えっと…この後というのは、具体的に言うとどれくらいなんでしょうか?」
「聞かされていないのか?…レッドお前……」
「いや、おま、そんな目で見るなグリーン。夕食の時らしいからあと4、5時間ってとこだな。」
「えぇ!?うわー…振り付けはともかく心の準備が…」
「大丈夫だって、お前なら踊れるって」
しゃがみ込むゴールドにレッドが慌ててフォローを入れる。グリーンは少し複雑な表情で見ていた。実はレッドにも知らせていない事があるのだ。その用件を伝えるためにグリーンはここに来たのだが、今目の前にしゃがみ込む少女にとって自分が伝える内容はいささか重荷になるのではと思った。だが、どうしても伝えなければならない。グリーンは重い口を開いて二人に話しかけた。
「あの…いいか。もう一つ伝えなくちゃいけない事がある。」
「なん(だ?・ですか?)」
「踊りを見せる前に、陛下がお前と話がしたいと言っておられるんだ。」
「…まじっすか」
この日何度目かになるフレーズを呟いたゴールドは、それ以上驚くこともせず組んだ腕に頭を埋める。レッドはゴールドに聞こえぬよう、グリーンに詰め寄った。
「(グリーン、まさか…話したい事って…)」
「(そのまさかだ)」
「(今度はゴールドかよ!)」
「(…陛下にも何かお考えがあるんだろう)」
「(考えって要するに…!)」
レッドの声が大きくなりかけた瞬間、しゃがみこんでいたゴールドが勢いよく立ち上がった。ゴールドのいきなりの行動に驚く二人を尻目に、ゴールドは大きく深呼吸し自らの頬を挟むようにして二度叩いた。
「うっしゃ!グリーンさん、陛下とのお話はいつからですか?」
「…できれば今すぐにでも」
「分かりました。」
「え、ゴールド、大丈夫なのか?」
「大丈夫です、もう腹くくります。そういやオレ、アドリブ得意ですし!あ、陛下とお話してたらいくらか慣れるかもしれませんしね。」
「そうか…。ただ嫌なら嫌ってちゃんと言うんだぞ!絶対だからな!?」
「?わ、分かりました」
「ならいいんだ、行ってこい!」
ゴールドが「はい、行ってきます!」とグリーンの後ろについて舞台裏から去っていってのを見届けてから、レッドは近くに置かれた機材に腰かけた。グリーンが陛下と呼び、あのシルバーという少年を息子に持つジョウト国の王には何度か会った事がある。
全てを統べる王らしく人格者である王に、自分の後輩はどう映るのか。自分の時はすんなりといったが、次はどうか分からない。ただ万が一、無理矢理に事を進めようものなら相手が誰であろうと自分は容赦しないつもりでいる。
「奴に限って無いだろうが……ゴールドに何かしやがったら、グリーンが止めようとブッ飛ばしてやる…。」
その呟きは誰にも聞かれることなく薄闇に消えていった。
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ついにやらかしちゃいました、ゴールド女体化踊り子パロ長編です。
拙い文ではありますが、最後までお付き合い頂ければと思います。
2010.08.14 幻灯