無気力な将軍と韋駄天。
□4、価値の証明
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歌が聞こえる。小鳥がさえずるように、第一楽章は始まる。あいつが何度も間違えたところ。
第一音楽室の前に、少年は立っている。中から聞こえてくる声に、耳を澄ませている。
約束だったから。どうしてもあの誓いに、耳を塞ぐことはできなかった。だから少年は、ここにいる。
――まるで幾重にも射し込んでくる朝の光のような柔らかな声。上手く歌えている。
第二楽章。ピアノの音と少女の歌声が、水辺の波紋のように広がっていく。
そして――最終楽章。歌声は優しく繊細な余韻を残しながら、すうっと消えた。
数秒の沈黙の後、教室の中から万雷の拍手が聞こえてきた。
――今までで、一番良かったぞ。韋駄天。
拍手を受けているだろう少女に、少年は心の中でそっと語りかける。そして、もたれ掛かっていた壁から背を離し、ポケットに手を突っ込んで一枚の薄い封筒を取り出した。
それは、少年が出そうと思っていた退学届。
これを出すことに、ためらいは無い筈だった。でも。
少女の歌声を聴いていると、もう一度だけピアノを弾いてみたいという気持ちになってくる。
誰かの期待を得る為じゃない。コンクールで勝つ為でもない。心の底から湧き上がる気持ち。
ピアノを弾くのが、楽しいと思える自分の為に。
少年は封筒を見つめると、決心して一息に破り、廊下のゴミ箱に投げ捨てた。
――もう少しだけ、頑張ってみっか。
そこまで考えが変わった自分に、少年は我ながら呆れ果てる。でも、そんな自分も悪くないなと苦笑した。
そして、少年がその場から立ち去ろうとしたとき、
「待って!」
聞き覚えのあるソプラノを受けて、少年は後ろを振り返った。