不思議の国のアリス様っ!?
□第1章−4、尊大なウサギさんっ!?
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1.
許容範囲を超えた情景に、ディークは固まるしかなかった。
そんなディークを鼻で嗤うという、ひどく人間じみた雰囲気を纏ったウサギのぬいぐるみは口を――実際はバツ印に縫われた開く無いはずの口を――開く。
《今のはね、アリス姉さまがアナタにやられた分。よくもアリス姉さまに、あんなひどいことをしてくれたわね?》
ぬいぐるみに表情など無いはずなのに、ディークにはにっこりと微笑む顔が見えた気がした。
ウサギのぬいぐるみは、ディークの銃を抱えたまま、てくてくと器用に二本足で歩きながら近づいてくる。
たかが、ぬいぐるみ。何をビビることがある!
心中自分に向かってそう毒づくが、身体は押し隠した未知の存在への恐怖に従順で、わずかに後ずさる。
そんな姿を見つめていた黒いボタンの瞳は、きらきらと陽光を映して光る。
《ふふ。人殺しの癖に、私が怖いの?》
明らかな挑発に、檄しやすいディークは眦をつり上げた。
「そりゃあ関係ないだろ! おまえは一体何なんだ!」
腹の底に力を込めて怒鳴りつける。その怒声は辺りに響き、枝にとまって羽を休めていた鳥達が驚いて飛び立っていくのが視界の端に映った。
それまで歩みを止めることがなかったウサギが、ぴたりと足を止める。そして垂らしていた片耳を立てた。
《私はアン。アリス姉さまの守護を命じられたもの》
それまでどこかふざけた感のある口調だったものが、厳かなものに変わっている。
対してディークはマヌケにも口をぱかりと開いていた。
「……守護を命じられたもの、だって?」
俺が聞きたいのはそんなことじゃない、いや、決して外れているわけではないが――。
がしがしと髪をかき回してディークは唸る。考え事は得意ではないのだ。
「俺が聞きたいのは、お前の形だよ形っ! どうしてぬいぐるみが動くっ! 喋るっ! 意味がわからんっ!」
混乱の最中にあるディークに、ウサギは――いや、アンは呆れた、とでもいうかのように肩を竦める。
《ほーんとしょうもない男よね、あんたって。自分の置かれてる状態がわかってるの?》
「……なんだと?」
不穏さを滲ませる声音にも怯まず、アンはよいしょ、と腕の中の銃をディークに向ける。
ディークの命を守り、多くの敵を屠ってきた相棒の銃口の照準が、真っ直ぐに心臓の位置に合わされている。
《私の正体なんて、気にしてる場合じゃないでしょ? あんたが考えるべきは、今後の身の振り方じゃないかしら?》
アンの言葉は正しい。ディークは奥歯を強くかみ締めてアンを睨みつけ――。
そして唐突に気づいたある事実に――高らかな笑い声を上げた。