不思議の国のアリス様っ!?

□第1章−1、変てこな少女さまっ?!
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1.

 男は考えていた――――。
 こいつは一体、何者なんだ?と。

 男の命を握る者は、思っていた――――。
 あぁ、この男、あたしをぶっ倒そうと考えているな、と。


 森は静寂に包まれていた。

 目に映るのは、自然のまま、ありのままに存在する、溢れんばかりの緑。

 生い茂る葉っぱは昨夜の雨水にしっとりと濡れ、時折こぼれ落ちる雫が一定のリズムを創りだしていた。

 しん、と張りつめた冷たい空気が、ほんの少しばかり暖かくなったとき、色鮮やかなつぼみが美しい花を咲かせ始める。
 
 昨夜の雨で少しばかり流れてしまったようだが、そこここにはまだ雪が残っていた。

 可愛らしい小動物達があちこちに顔を出し、どんぐり眼を輝かせて木の幹を駆け上っていく。

 美しき白銀の森、《スノー・フォレスト》。
 
 一年中、春も夏も秋もやって来ない森。

 雪に閉ざされ、けれど寒さに強い植物と動物たちが生ける森。

 美しき白銀の世界に、異様な二人の人間がいた。

 男は、口に煙草をくわえていた。
 燻(くゆ)る煙が目にしみているのか何なのか、男はしかめっ面である。
 
 男は、木の幹を背に、もたれ掛かっていた。というよりは、追いつめられた末に逃げ場を失い、ずるずると座り込んでしまった――そんな感じである。

 男は、ぐるぐるとうねる赤銀髪(せきぎんぱつ)の前髪の間から、うっとうしげに何かを見上げていた。

 男の目の前に、何者かが立っている。

 その者は、黄銀(おうぎん)の髪を持ち、つやつやとしたそれにはキューティクルがある。そして、その長い髪を赤いリボンで二つに高く結い上げていた。

 赤いリボンの主は、きらきらと銀に輝く剣の切っ先を、男の首筋に突きつけた状態で微動だにしない。

 二人の視線が、ちりちりとお互いに当たっては弾ける。この緊張状態が今のところ五分は続いていた。

 もし、今この場に第三者がいたとして、この二人を見たならば、必ず首を傾げるだろう。そう―――この二人の違和感に。

 まぁ、どの点に違和感があるのかは置いておくとして、とりあえず男は、考えていた――。

 男の名はディークという。

 年の頃は、二十歳ごろだろうか。けれど、無気力なその表情のために、やけに老けて見えもする。

 見ようによれば、二十五か二十六辺りにも見えなくはない。白のシャツの上に、緑のロングコートを羽織り、ところどころ汚れた長ズボンをはいている。

 ぐるぐるとうねった赤銀の長い髪を、首の辺りで緩く結い上げてはいるが、結っている効果はあまりないようだった。
 
 その証拠に、今、彼の髪はひどい状態になっている。それぞれが意志を持っているようにあっち向きこっち向きして、まとまりがないったらありゃしなかった。

 少し長めの前髪の間から覗く赤茶の瞳は、やや垂れている。容貌はなかなか悪くないのに、だらっとした締まりのない口が、それを崩してしまっていた。

 その口にくわえている煙草の灰が、ボロボロと服の上に落ち始める。落ちた灰が服をジッと灼いたとき、ディークは目を少しだけ細めた。

 もうそろそろ、この状態を何とかするか……。

 ディークは、この緊張状態から早く抜け出したかった。やはり、いつまでも剣の切っ先を首筋に突きつけられているというのは、あまり気分がいいものではない。

 ディークは、考えていた。
 何とか、この目の前の奴をぶっ倒せないかなぁ、と。

 と言っても。一世一代の大ピンチを乗り切れる秘策がある訳ではない。ディークは物事を深く考えたりするなどという芸当が、出来ないのだった。

 つまり―――己の勘を信じ、本能のままに動くこと。それが、ディークという男なのである。

 そもそも何故、ディークはこんな状態に陥っているのか。

 全ては、ディークの昼飯探しから始まったのである。
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