ITO
□3-1、影との再会
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甘ったるく、きつい香りが鼻をつく。腕に絡みついている女の香水の香りだ。
大地は露骨に顔をしかめて、女から顔を逸らした。
天頂で燦然と輝く太陽の熱は今日もその勢いをなくすことなく、湿気の多い空気がこの胸くそ悪い香水の香りを強めているようだ。
女というのは、なんでこうも香水を振りまきたがるのか。と大地はげんなりとなった。
ショップが立ち並ぶ目抜き通りの歩道を、大地は彼女の一人と歩いていた。
休日ということもあって、どこもかしこもカップルだらけだ。
この真夏日に、わざわざ手をつないだり体を寄せ合うことも無いだろうに。
変態だ、こいつら。と考えてから、大地は自分もその例に漏れないことに気づいて女の腕を振り解いた。
「あっちーんだよ、少し離れろ」
嫌悪も顕わに大地は女を置いて歩き出す。
その後を慌てて追いかけてきた女は、綺麗に引かれたアイラインとしっかりカールされた睫毛に縁取られた大きな瞳で大地を見上げてきた。
「ひどいよぉ、大地くん。あたしたち、付き合ってるんだよ? 腕組むぐらい当然じゃない! どうしてそんなに嫌がるの? あたしのこと嫌いになっちゃった? それとも……」
「あ?」
女は何を悟ったのか、ぱんっと手を叩き満面の笑みを浮かべた。
「あーっ、わかったあ! 大地くん、照れてるんでしょ? そうなんだね! もう大地くんてば超可愛いっ」
何故そうなる。大地は心底ぐったりとなりながら、額を押さえて唸った。
女はこの上ないほど一人で異常に盛り上がっているが、それに反比例するかのように大地の精神は疲弊していく。生気を吸い取られているのではないだろうかと大地は本気で考えてしまう。
再び大地の腕を絡め取った女は、ぺちゃくちゃと何やら喋くり始めた。なんと言うことも無い、中身の無い話だ。
ホント、ウケるよねーと笑っているその横顔が、空虚なものにしか大地には見えない。
大地は酷薄としかいいようがない目で女を見下ろすと、関心の欠片もなく前へと視線を戻した。
あの奇妙な一件から、名護と静にはしばらく大人しくしていろと言われたが、大地は頑として耳を貸さなかった。
大地にはやらなければならないことがある。
大地とて、好き好んでこんな香水臭い女とデートしている訳ではない。
この女は、あのリカ同様、自分に気のある男達に次々と股をかけデート代やらブランド物やら散々貢がせた挙句、金が無くなったら切るという悪辣極まりない事を繰り返していた女なのだ。影で悔し涙を流している者も数多い。
だからこそ、大地はこの女を選び、付き合うことにした。
決して恋愛感情からなどではない。
ただこれまでこの女がしてきたことを、そっくりそのまま返してやって、図に乗った女の鼻っ柱を叩き折り、二度と偉そうな顔をして歩けないようにする。
そしてこれ以上の被害者が生まれるのを阻止する。それだけのために。
まあ一言で言うなら、大地はこれまで女に騙され泣かされてきた男たちに代わり、その恨みを晴らす『復讐代行』をやっているのだ。
この女は大地の標的の一人に過ぎない。
他にも大地の所に持ち込まれた依頼により、現在大地はこの女を含めて十人程度の女と表面上『付き合っている』。
ちなみにこの女は、大地に他にも彼女がいることを知っているが、文句は言ってこない。
それでもいいから付き合って、なのだそうだ。
最初にちょっとイイ顔をして声をかけただけで、こうなのだ。
所詮、その程度の女――。
――ねえ、悔しい?
と、二年前、あの女は言った。
その大きな瞳で上目遣いに大地を見、挑発するように口端を吊り上げて。
――悔しかったら、大地、私以上の――。
「ちょっと大地くん! 私の話聴いてる?」
拗ねたような声が、大地を現実に引き戻す。
見下ろした先にある女の顔は、あの女とは似ても似つかない。その性質は全く同じだとしても。