小説部屋

□平井さんの憂鬱(船*銀)
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「こう暑くちゃ敵わねえな」


平井は空を見上げじりじりと照り付ける太陽に滲み出た額の汗を拭えば目の前に見知った顔が手を振っている。

「よお」

軽く手を上げ挨拶し相手の元に行けば車の後部座席へと導かれそのまま乗り込みドアが閉められた。


「なんか動きでもあったかい?」


今日仕掛けるヤマに不穏な動きでもあったのかと問い掛ければ

「いえ、至って順調ですよ。ただ近くまで来たので」

煙草をくわえながら何くわぬ返事…ならば今日会うのは予定通り夜8時のはずではなかったか?と考える…隣に座っている彼なら船田なら段取りはぬかりないはず何より書類を届ける他は何事かが無ければさほど事務所にも顔をださないからだ。そんなことを考えていればそれを察してかふふっと笑われた。


「それより、今日はお宅の犬のことが少しばかり気になったものですから。安田が言ってました」

…ああ…それかと納得した


「あんまり飼い犬を焦らすと噛まれますよ。」


船田は全部お見通しと言った感じでフッフッと笑えば紫煙がゆらゆらと車に漂っていた

「ああ、かもな」

素っ気なく返事をし煙につられ煙草を胸ポケットから取り出し1本口にくわた。即座に船田が口にくわえている煙草を差し出されそれに煙草の先を押し付け軽く吸い込み火を付ければ二人の紫煙が車内に揺らめく…煙草を指に挟み煙を吐き出しながら船田が呟く


「悪魔をも落とす大悪党のあなたが…犬の飼い方をしらないとは…何とも奥ゆかしいことですねえ…」


「奥ゆかしい?ほーう…周りにはそんな風に写ってるんかい今の俺の姿は」


肩を震わさせククッと笑えば窓の外に視線を泳がせた


「ええ繊細で奥ゆかしく見えます。そんな貴方は滅多にお目に掛かれないでしょうけど。」

茶化すように言えばクスクス笑う

「しつけ方を間違えましたか?」


船田は短くなった煙草を灰皿で揉み消す


「いんや…しつけは完璧なはずだな。そこに本能が勝って申し分ねえ…ただ、ちーとばかり忠実すぎんだわ…」


流れる景色から船田に視線を向ければ煙草の煙に顔を歪める

「随分情がわいたものだ…貴方ともあろう人が。そういえば拾われた犬というのは絶対に恩を忘れないそうですよ…なので忠実すぎるのは当たり前ですかね…まあ、所詮忠犬といえど畜生ですから、ちょっとしたきっかけで牙を向けてくる場合も考えられない訳じゃありませんが」


「……ちょっとしたきっかけねえ…」


口にくわえた煙草を指に挟もうとした時、煙草を奪われた


「そう。ちょっとしたキッカケです」


船田の顔が近づけば耳元で囁かれ首筋にちくりと痛みが走った


「…っ」

思わず小さく声を漏らせば奪われた煙草を口にくわえさせられ唖然とした


「さて、そろそろ私も行かないと。」


ニコニコしながら船田は腕時計を覗き込む。

「これがちょっとしたキッカケかい?」

ククッと笑いながら平井は首筋を掌で摩りながらルームミラーを覗き込めば首筋に鬱血し赤くなってい箇所があった

「ええ。犬という生き物は舐めるという行為が大の得意らしいですから。そこに傷絆でも貼ればそれが気になって引っ掻いてくるんじゃないですか?」


とても楽しそうに船田も答える。ご丁寧にも絆創膏を平井に渡した

「ほーお…。そういうもんかい」


平井も素直に絆創膏を受け取り首筋に張っている


「それじゃ、手筈通り今夜8時に」

車のドアが開けば元の場所に戻っていた。煙草を揉み消し


「んじゃ…手筈通りな」


車を降りればドアが閉められ車は走り出す。車が走り去るのを見送ればクーラーの聞いた車内とはうって変わっての熱さ…そこに一匹の野良犬が通りかかり平井は思わずしゃがみ込み野良犬に手を差し出した。平井の掌の臭いを嗅ぎ尻尾を振りながらぺろぺろと舐めている…妙に可笑しく思え独り笑いだしてしまった…


「全く厄介な野良公拾っちまったもんだ…」


犬に話しかければ手を舐めるのが飽きたのか餌を貰えないのが不満だったのか、いつの間にか犬は平井の手を舐めるのを辞めていた。ヨッコイセと立ち上がり犬の頭を撫でれば「ワン」と吠え尻尾をピンと張り路地の方へと走っていく。そんな犬の姿を暫くその場で見ていれば背後から聞き慣れた声で呼ばれた


「銀さぁん」

振り返れば遠くから森田が手を振り束ねた髪を揺らしながら走ってくる姿が見え自然と笑みがこぼれた。

後書きに続く
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