Animal People3-旅立ち

□9.凍った想い
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 涼しい日も増える9月下旬。役者の仕事を本格的に始めた零の元にうれしい知らせが飛びこんできた。年末特番ドラマの主役に抜擢されたのである。事務所はとにかく喜んだ。一方の零はどちらかというと驚きのほうが強い感じだった。仕事を始めてまだそんなに経っていないし、そこまで出演もしていない。はっきり言ってなぜ選ばれたのか零にはわからなかったのである。しかしオファーを入れたプロデューサーのことを聞いて零は意味がわかった。璃衣のボディーガードをしていた時にしつこく零にアプローチをかけていたあのプロデューサーだったのである。名前は松門というらしい。さんざんふった経緯があるため、零は二つ返事でオファーを受けた。そしてそれから2週間後の初顔合わせの日。零は久々に松門と話した。
「ご無沙汰してます。プロデューサー。今回はこんな大役を下さって本当にありがとうございます」
「そんなにかしこまらないでよ。私があなたにホレたんだから。代わりにいい演技、期待してるよ」
松門はいつもの調子で茶目っ気たっぷりに言った。その様子に零も心が和み、自然と微笑む。それから30分後。顔合わせが始まったのだが、その時目の前に座った人物を見て零は声を上げそうになった。それは璃衣だったのだ。零はそんな話全く聞いてなかった。それも零が演じる主役の恋人役。やってくれるなあと零は内心唸った。あっという間にドキドキの顔合わせが終わり、ホッとしている零の元に松門が璃衣を連れてやってきた。
「驚いたでしょう。零君」
松門がいじわるそうににやっと笑う。
「はい。本当に驚きましたよ。璃衣も教えてくれてなかったし」
「ごめんね。零。私、このオファー受けたのかなりギリギリだったんだ」
申し訳なさそうに璃衣が言った。
「やっぱり私達の関係知っている人多いから気がひけてね」
零は少し顔をくもらせた。
「そっか。ごめん。気を遣わせちゃって」
璃衣は首を振った。
「さあさあ、この話はこれでおしまい。撮影始まったら2人とも頼むよ」
「はい」
2人は笑って答えた。
 その日家に帰るとすでに優一が戻っていた。零が帰ってきたことに気付くと声をかけてきた。
「零兄さん、お帰り。何か手紙届いてたよ」
「そう。ありがとう」
零はそう言うと自分宛ての手紙を見つけ出し、部屋に向かいながら開封した。
「え?」
零はその手紙を見て驚いた。単純に言えばそれは脅迫状だったわけである。特番ドラマの主役を降りないと何が起こるかわからないぞと書いてあった。一応零自身で調べを始めたがそれほど気にしてはいなかった。しかしその日から奇妙なことが起き始めた。何かがなくなったり、危険物が出てきたり。明らかに嫌がらせと思われることが起き始めたのである。璃衣もさすがに心配するので零は少し真剣に調べを始めた。だが全く尻尾をつかめない。それなのに奇妙な現象はエスカレートしてきていた。差し入れに針が仕込まれていたり、飲み物に香辛料が入っていたり。出演者やスタッフも不審がって、度々誰がやったのかと話題になる始末。もう野放しにはできない状態だった。だが役者の仕事もあるため零は応援を要請することにした。その先は竹流である。事情を話し、インターネットを中心に情報を集めてもらう。応援を要請した次の日の夜、零は竹流の元に向かった。
「こんばんは。竹流。突然変なこと頼んじゃってごめん」
「別にいいですよ。こういうことは慣れてますからね」
2人は竹流の部屋に行き、パソコンをのぞく。
「で、どう?わかりそう?」
「うーん…」
竹流はうなった。
「各方面から調べを進めてはいるけど…もしかするとちょっとわからないかも。本当に見たかぎり特筆することないし」
「そうか…そうなると後は聞き込みしかないか。変なうわさとかは今のところ聞いていないけど」
零は難しい顔をして考え込む。
「やっぱりそれが確実だと思いますよ。あの世界の場合結構見えなかったりするものですから」
「そうだな」
零は小さく笑った。
「でも力になれなくてごめんね。零兄さん」
「いや。調べてくれただけで十分。探偵事務所兼務してるんだから後は自分でがんばるよ」
にっこり笑う零。それを見て微笑む竹流。雰囲気が少し和んだ。
「唯がいて、学校と仕事があって、こんなことしかできないけど、また何かあったら言ってね。できることなら力になるから」
「ありがとう。じゃあ、明日も撮影あるから今日は帰るな」
「うん。おやすみなさい。零兄さん」
「ああ、おやすみ。竹流」
零はそのまま家に戻るとすぐに寝支度に入った。明日からはまた今まで以上に大変なことになる。今できることは特にないためこういう時こそ体を休めなくては。この日零はかなり早く布団に入った。
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