Animal People3-旅立ち

□1.自分探しの旅へ
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 穏やかな陽気が続く5月の終わり。大きな傷を負った零もいつもどおりの生活に戻っていた。とはいえ、体の傷も心の傷もまだ十分に癒えてはいなかった。それでもどうにか事務所のいすには座り続ける。だがそうしながらも零は考え続けた。この気持ちをどうにかするにはどうしたらいいかと。
「ああ…本当にだめだ」
零はつぶやくと胸に手を当てた。傷に触れる。零は少し顔を歪めた。なぜか完全に傷は閉じていなかった。おそらく気持ちのせいだと零は思っていた。豊を、自分のもう1人の父親を助けられなかった悔恨の念。その為いつまでも傷を閉じないのだと。そんなことを考えているとなおさら気持ちは落ち込んだ。
「本当にどうすれはいいんだろう?」
悩んでいるうちに零は自分さえも見失っている気がしてきた。
「こんなんじゃだめだよね。自分がするべきこともわかんなくなってるなんて」
そこで零はふと思った。
「今の自分にできることって何だろう?」
仕事すること?闇に立ち向かうこと?一応仕事はこうしてしている。闇についても少しずつ対処を始めた。
「じゃあ自分ができていないことは?」
1番に浮かぶのはもちろん豊の死である。だからこそ零はこんなにも悩んでいる。でもそれ以外にもできていないことがあることに気付いた。
「僕、どこかで自分の存在を肯定できていない」
璃衣と付き合い、少しはそれができた気がした。しかし今回のことでそれができなくなっている。自分がいなかったらこんなことにはならなかったんじゃないか。どこかでそう思っている自分に零は初めて気付いた。
「自分を肯定できたら少しは何か変わるかも」
だが零はここでまた悩み始めた。
「どうすれば自分を肯定できる?」
零は頭を抱え込む。
「自分が目を背けていることを受け入れることでできるかな?」
悩むことまたしばらく。零は真剣な顔で前を見据えた。
「とにかく、まずは1歩前に進んでみよう」
零は受話器を取り、電話をかけた。
「はい、もしもし」
「あ、璃衣?今大丈夫?」
「え?うん」
「あのね。璃衣にちょっとお願いがあるんだ」
少し間があいた。
「珍しいね。どうかしたの?」
「うん。ちょっとね」
「私がきけることなら善処するよ」
「ありがとう。実はね…」
零は少し言葉をためた。
「役者の仕事をしたいんだ。で、できたら璃衣の事務所に相談できないかなって思って」
しばらく沈黙が続く。
「どうしたの?零。突然さ」
「本当にちょっとあって…深くは聞かないで」
またしばらく沈黙が続く。
「別に私はいいけど…」
「じゃあごめん。お願い」
「う、うん。わかった」
「答えが返って来たら連絡して」
璃衣が頷くのを確認すると零は電話を切った。電話を切ると零は大きく深呼吸をした。思っていない程ドキドキしていた。自分の母である綺のことは受け入れられていたがその仕事までは受け入れられずにいた。少しでも受け入れられたら自分を肯定できるかもしれない。ある意味賭けではある。でも何もしないでうつうつ椅子に座って考えているよりずっといいと零は思ったのだ。
「どうなるかな…」
零は期待と不安の入り交じった表情で窓の外を見た。
 その日のうちに璃衣から連絡が入った。履歴書を持参の上、1度事務所に来てほしいとのことだった。零は気をひきしめる。そして次の日、零は履歴書を持って璃衣の事務所を訪ねた。受付嬢に応接間まで案内され、そこでしばらく待っていると社長とマネージャーらしき人が入ってきた。零は立ち上がる。
「ああ、別にいいですよ。お待たせしました。この事務所の社長の兵藤です。こちらは榛名といいます。まあ、お座り下さい」
兵藤に言われ、零はまた座った。
「あなたのことはReiより聞いております。一応履歴書を見せてもらってもいいですかな?」
「はい」
零は履歴書を兵藤に渡す。その履歴書を兵藤と榛名が見つめた。
「ありがとうございます。さて、Reiの話では役者の仕事をしたいとのことでしたが」
「はい。でもすいません。突然とんでもないこと言い出してしまって」
「いえ、別に私共としては一向に構わないのですが…またなぜ突然?Reiの話ではかなりにこの業界には関わるのを嫌がっていらしたのに」
零はしばし黙った。
「ちょっといろいろあって…どうしても自分の気持ちに整理をつけたくて」
「ちょっととは具体的には何でしょう?」
零は顔をくもらせた。その表情に2人は驚く。あまりに思いつめた顔をしていたから。
「あまり聞かないほうがよかったですかな?」
「…詳しくは今まだ言えません。自分自身受け止めきれていないので。でもそれだけのことがあって自分を見失っている気がしたんです。
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