Animal People2-変改

□4.花婿修行?
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 7月に入り、気温が高くなってきていた。春彦もここの生活に慣れつつあった。そんな折新矢に未玲から電話がかかってきた。
「どうしたんだ?珍しいじゃないか。そんなに慌てて」
「お願い。商談の進め方教えて」
新矢は未玲の言葉を聞いて黙り込んだ。
「まず何があったか説明してくれるか」
未玲が言うには、父親が未玲に1つの仕事を任せたらしい。しかし、未玲はその類の仕事をしたことがなく、新矢に助けを求めてきたのだった。
「別にいいけど…1度会わないか?」
「商談は明日の午後2時なのよ。それにその前にしなきゃいけないことがあるのよ」
新矢は悩んだ。
(どうしようか。未玲についててやるか、否か)
悩んだ末、新矢は未玲に言った。
「明日、会社休んでそっちに行くよ」
その言葉に今度は未玲が驚いた。
「いいよ。そこまでしなくても。新矢だって仕事大変でしょ?」
「大丈夫だよ。大きな仕事はないし、有給残ってるから」
心配する未玲をよそに、新矢は決定してしまった。
「明日の朝早く、未玲のとこ行くよ。じゃあ、おやすみ」
新矢は未玲のイエスも聞かずに電話を切った。新矢は未玲の父親が未玲に何を望んでいるかどことなく気付いていた。自分が幼い頃、母親が自分に言ったことがあった。上に立つにふさわしい人になってほしいと。おそらく同じことを未玲の父親も考えているのだろう。未玲にとっては大変な試練となるだろうが、それを越えなければ、誰もついてきてくれる人などいないだろう。新矢は気を引きしめた。未玲のみに課された試練ではないと思えたからだった。
 次の日の朝早く、新矢は未玲の家に行った。未玲は固い表情をしており、明らかに緊張しているのがよくわかった。
「未玲、昨日はよく眠れたか?」
未玲は黙ったまま首を横に振った。未玲は新矢のことを見つめた。目は軽く伏せられていて少し恐がっているようだった。新矢はたまらず未玲のことを抱きしめた。
「大丈夫。ちゃんと補佐してあげるから。それに、未玲には素質がある。自信を持ってやれば、いい答えが返ってくるよ」
それでも不安なのか、未玲は新矢の服を握りしめて離さなかった。仕方なく、新矢はしばらく未玲のことを抱きしめていた。そのうちに倉石が未玲のもとに来た。
「お嬢様。せっかく新矢様がいらしているのですよ。やり方を聞くのでしたら、今でございますよ」
倉石にそう言われ、未玲は新矢から体を離し、向き直った。新矢は自分の知っていることを一から教え始めた。あいさつから始まり、相手を落とすための方法まで全てを。未玲はメモを取り、わからないところは新矢に聞いた。それから時間が経ち、気付いたときには出社の時間が迫ってきていた。未玲は資料を確認し、家を出ようとした。その時、新矢は未玲にお茶を勧めた。
「ほっとするぞ。焦りは禁物だ」
未玲は新矢の手からカップを受け取った。今日初めて未玲の表情が和んだ。新矢はほっとしたのも束の間、車に乗り込んだ。戦場へと向かうために。
 会社に着くと、すぐに会議を行ない、資料の不備を補うと、あっという間に昼食の時間になった。新矢は未玲に、できるだけゆっくりと食事を取らせた。そろそろ緊張も高まる頃だったので、できるだけ緊張させないようにしていたのだった。昼食がすむとすぐに相手の会社へと向かった。その車の中で、新矢は未玲に最後のアドバイスをした。未玲の表情は緊張はしていたが、朝のときよりは柔らかくなっていた。相手の会社の前で、新矢は未玲と別れた結局最後に信じられるのは自分の力だけである。未玲には今後このような仕事が増えていく可能性があったので、それを乗り切っていく力を、新矢はできるだけ早く未玲につけてほしかった。そのためあえてついていくことはしなかったのである。不安を胸に宿しながら、新矢は未玲の帰りを待った。
 それから2時間が経った頃だろうか。浮かない顔をした未玲が戻ってきた。未玲は新矢の胸に倒れこんだ。
「どうしたんだ?未玲」
未玲は何も言わなかった。何も言わずにただ新矢に抱きついたままだった。新矢は未玲を促し、散歩に出かけた。周りはにぎやかだったが、2人の周りはいやというほど静かだった。近くの寺に着くと椅子に座り、新矢はもう1度未玲に同じ問いかけをした。
「どうしたんだ?未玲」
未玲はしばらく黙っていたが、やがて意を決して話しだした。
「少し考えさせてくれと言われたの」
未玲の言葉を聞いて、新矢は目をぱちくりさせた。
「ここまで落ち込むほど悪い答えじゃないよ」
未玲はそれでも肩を落としていた。
「最初からうまくできる人なんてそうそういやしない。それに今は落ち込んでる場合じゃないよ。いろいろなことを確実にして、自分にも相手にもいい契約をしないとね」
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