Animal People3-旅立ち

□20.やっと言えた
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 梅の花咲く3月上旬。泉のところに珍しい人が訪ねてきた。美鈴と茜である。
「どうしたんだ?また何かあったのか?」
「うん。実はね…」
美鈴はそう言いながらポシェットを探る。取り出したのは携帯電話だった。
「これをお母さんに渡してほしいの」
「また厄介なものを持ってきたな。おまえ達じゃ無理なのか?」
「それは…」
2人は黙り込んだ。その様子に泉は不思議そうな表情を浮かべる。
「何かあるのか?」
「実は現場には来ないように言われていて、どこにいるのかわからないの。連絡はこの携帯電話でしていたし」
苦笑いする泉。結構手間がかかる状況のようだ。
「たまに忘れることもあるし、今日は泊まりじゃないから無理に渡す必要はないんだけど…実はね。気付いたらずっと鳴りっぱなしなんだ。それでちょっと気味悪くて。何もなければいいんだけど」
「でも今は鳴ってないじゃん」
「電源切ったの。電池の消耗も早いから」
「うーん」
泉は唸った。できれば引き受けたくなかった。あの女とできるだけ関わりたくなかった。しかし状況を聞くと、携帯電話をあの女に渡す必要は大いにある。泉は大きくはあとため息をつくと2人に言った。
「わかったよ。届けてやる」
2人の顔が明るくなった。
「ありがとう。泉兄さん。じゃあ、これ…」
美鈴は泉に綺の携帯電話を渡す。しばしそれを見つめると、泉は2人に言った。
「大事をとって今日はできるだけ家にいろ。いいな?」
「うん。わかった。大変なこと頼んでごめんね」
美鈴が少し顔をくもらせる。
「別にいいよ。何もないにこしたことはないからな。さあ、もう家に帰れ」
「うん。行こう。茜」
「うん」
2人は帰っていった。1人になった泉は渡された携帯電話をもう1度見ると、大きなため息をついた。
 自分の部屋に戻ると、泉はとりあえず零に電話をかけてみた。零が綺と一緒に仕事しているは少なくなかった。もしかしたら居場所がわかるかもしれないと思ったのである。最初に電話に出たのはマネージャーの榛名だった。
「はい。こちら浅野零の携帯ですが」
「あ、榛名さん?兄貴にすぐかわれます?ちょっと急ぎの用があるんです」
「ちょっと待っていて下さいね…ああ、いたいた。浅野君、弟の泉君から電話。急ぎの用だって」
ここでやっと零が電話に出る。
「もしもし。泉、どうかしたのか」
「あ、兄貴?ちょっと頼みたいことがあるんだけど…」
「何だ?」
「あの女に美鈴と茜が渡してほしい物があるって言うんだけど…だめか?」
泉の言葉に零はしばし黙った。
「うーん。後で会う予定ではあるんだけど…もうしばらくは別行動なんだよね。渡したい物って何?」
「携帯電話。ずっと鳴りっぱなしで気味が悪かったんだと。何かあったら困るから届けてくれって言われてさ」
零がははっと笑う。
「そんなことがあったんじゃ早めに渡したほうがいいね。だけど…僕今抜け出せないんだよね。場所教えるから泉が届けてくれないか?」
「へ?」
泉はげっという顔をした。1人きりで会うのはまっぴらごめんだった。
「お、おい、兄貴。それだけは勘弁してくれよ」
「僕ももうすぐ出番だから行かないといけないんだ。何かあったら困るだろう?」
零に言われ、泉はしぶしぶ頷いた。
「えっと、今はスタジオで撮ってるはずだからそっちによろしく。数時間後には僕も行くから。それまでがんばってて」
「へいへい」
泉はやる気なさそうに頷く。
「じゃあ、また後で」
零はそう言うと電話を切った。泉は携帯電話を下ろすとしゃがみ込んだ。
「マジかよ。俺1人で行くのかよ」
しかし約束してしまった以上渡さない訳にもいかない。
「ああ、もう。渡したら即刻帰ってやるー」
泉はわめくと、上着と託された携帯電話を持って家を飛び出した。
 その頃、スタジオでは順調に撮影が進んでいた。だがそのためにかなりまいてしまい、途中から来る出演者達を待たなくてはいけなくなってしまった。おかげで1時間程休憩時間になる。綺はこれからのシーンのセリフをチェックしたり、共演者と談笑しながらお茶を飲んだりしていた。そんな時1人のスタッフが綺を呼んだ。どうやら客が来たらしい。綺が入り口のほうに行くと泉が立っていた。その姿を見て綺は驚いた。やがて泉が綺に気付き、近づいてきた。
「泉君?どうしたの?」
泉はげんなりした顔をする。
「何もなしに俺がこんなとこまで来ると思うか?」
「そうだけど…少し前だったら絶対に来ないと思ったから」
綺の言葉に泉はかなりドキッとする。それに気付かれないようにむっつりした顔をしながら綺に言う。
「仕方ねえだろう。他に手が空いてる人間がいなかったんだし。それに、さすがに状況が思わしくないんでね。速急に対処したほうがいいと思ったまでだ」
泉の言葉に綺の顔色が変わる。
「どうしたの?何があったの?まさか美鈴と茜に何か?」
「美鈴と茜からあんたに携帯電話を渡すように頼まれたんだ。
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