Animal People3-旅立ち

□19.あの日の過ち
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 春がまだ遠い2月の下旬。新矢は最近晶とよく会っていた。朝会社に行く時、夜家に帰ってくる時、ほぼ毎日2回。とは言っても別に言葉を交わすこともなく、ただエレベーターに乗り合わせるだけである。だが新矢は少し不思議に思っていた。なぜなら現在大学は春休みだからである。最初はアルバイトかと思ったが、零に聞いたところそういうわけではないらしい。それなのに決まった時間に晶はどこかへ出かけているようだった。晶に直接聞いてみようかとも思ったが何となく気がひけた。また時期的に仕事が忙しくなり始める頃。深く聞くことがどことなく億劫だったりしたわけである。
 そんなこんなで晶と会うようになってから1週間が過ぎる頃、Moon Lightの依頼で大きなものがあったため6人が集まることになった。今回は彼の束縛がひどいから助けてほしいというものだった。とりあえず現状を把握するため、前もって竹流に調べてもらったクライアントの家に偵察に行くことになる。2人組で1日交代、全3日間の日程。それを聞いて新矢は晶に言った。
「大丈夫か?晶」
「何が?」
「最近あまり家にいないだろ」
「別に。自主勉強しに大学に行ってるだけだから」
新矢はしばし黙った。
「そうか。でも…少し唐突だな。何かあったのか?」
新矢の言葉に晶のほうがきょとんとする。
「別に何もないぞ。唐突に感じんのはわかるけどな」
だが新矢のほうはいまいち信じられないようで、晶のことをじっと見つめた。その反応に晶は腹がたってくる。
「俺にだっていろいろ思うことはあんだよ。あん時みてえに悪いことやってるわけじゃねえんだから、そこまで深く突っ込まなくてもいいだろ」
晶の言葉に新矢のほうもカチンとくる。
「そんなふうに言わなくたっていいだろう!僕はただ心配なだけで…」
新矢はそこで黙った。その様子に晶は大きなため息をつく。
「結局、新矢兄貴は俺のことを信じてねえって訳か。いいけどよ。別に。一応依頼の対応は決まったみてえだから、俺、部屋戻るわ」
晶はそう言い放つと部屋に戻っていってしまった。一方の新矢は悲しそうな顔をしてうつむいていた。竹流は1人大きなため息をつき、他の3人は突然のことに呆気にとられる。
「とにかくまずはこれでいいよね?あとは結果を見てからで」
「ん?ああ。そうだな」
竹流の言葉に泉が頷く。零と優一も首を縦に振った。
「じゃあ、今日はここまでということで。解散しよう」
竹流の言葉にまた3人は頷き、この日は解散ということになった。竹流と泉は自分の家へと戻っていった。優一は机の上のカップを片づけようとしたが零に止められる。
「あっ、いいよ。僕がやるから」
「そう?別に時間あるし、手間じゃないからいいよ?」
「サンキュー。でも、大丈夫だからさ」
零はにっこり笑った。
「…わかった。じゃあ、任せるね」
優一はそう言うと自分の部屋に戻った。優一の姿を見送ると、零はそっと新矢のことを見る。相変わらずうつむいたままだった。思っているよりダメージは大きかったようである。
「兄さん、珍しいじゃん。けんかするなんて」
新矢は黙っていた。零はため息をつく。
「何か心配ごとがあるなら聞くよ?」
だが新矢は辛そうな表情を浮かべるだけで答えない。
「僕は晶の過去を知らない。兄さんが何を心配しているのかわからない。だけど…もう少しだけ晶のこと、信じてあげてもいいとは思う」
新矢は零のことを見た。零は軽く微笑んだ。
「それが難しいのはよくわかるよ。僕も泉にどうしても言いたくなる時はあるから。でも、そういう時は逆にお互い自分の気持ちを見せないとね。相手にわかるように。そうじゃないと解決しないから」
新矢は視線を落とした。何かを考えるように。
「兄さん?」
「いや、何でもない。大丈夫。気を遣わせてごめん」
零は顔を和ませた。
「別にいいよ。でも、後は…」
「わかってる。僕自身がどうにかする。だけど、今日のところは帰ることにするよ」
「そう。じゃあ、気をつけてね」
「ああ」
零は新矢の後ろ姿を見送った。心なしかその背中が小さく見える。そして新矢が零達の家を出て見えなくなると、零は小さな声でつぶやいた。
「兄さん。みんな日々変わっていくんだよ?兄さんはまだ…それに気付いてないの?」
零は小さく息をついた。
「さて、ちょっと片づけるかな」
そう言うと零は机を片づけ始めた。
 次の日の朝、いつものように新矢は晶とエレベーターに乗り合わせた。晶は表情を変えることなく、ただ黙っていた。その様子に新矢も黙り込む。話せる状況では全くなかった。間もなくエレベーターが1階に着き、晶は足早に出入り口のほうに歩いていった。新矢は小さくため息をついた。しかしすぐにマンションを出て、会社へと向かう。会社ではできるだけ考えないようにしていたが、やっぱりどこかで考えてしまっていたのだろう。十夜に言われてしまった。
「何かあったんですか?」
「いや。別に何もないけど」
「そうですか?ちょっと落ち込んだ表情しているから何かあったのかと思いましたよ」
新矢は少しドキッとした。
「本当に何もないよ。心配してくれてありがとうな」
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