捧げもの
□雨恋。
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今になってまざまざと思い出す。
あの時、先輩の口の形は、まぎれもなく告げていた。
「氷帝をやめることになったんだ」
どうして俺は聞き取れなかった?
どうして、
どうして、
どうして
貴方はあんなにも早くに俺にチャンスを与えていたというのに
先輩は混乱した俺を数秒間見つめると、その小さな体を翻し雨の中へと出て行った。
「待ってくれ!」
俺の叫びに、先輩はぴくりと足を止めた。
反射的に出たものだった、生まれて一番の大声を出した。
だけど俺は今の叫びで全ての力を出し尽くしてしまったかのように、先輩を引き止めることはおろか、次の言葉すら言えなかった。
言うべき言葉はたくさんあった。
なのに、俺は、雨の中で動けずに居た。
足が、何故か震えていた。
先輩は、俺には背を向けたままで、言った。
「日吉。未練がましいのはキライだろ?・・・俺もお前も。」
その言葉の持つ響きは、俺の胸に真っ直ぐに突き刺さった。
胸が痛くて仕方がなかった。
先輩はそのまま俺から遠ざかっていく。
小さな体が、俺を置いて消えていく。